ある歯医者のブログ

川崎市中原区新城にあるこいけ歯科医院、院長Dr.Koikeが綴る、よくあるブログです。

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6月24日、早稲田大学に行ってきました。

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 西早稲田の駅を降りるとそこは早稲田大学の理工学部の敷地内でした。ここから歩くこと15分、早稲田キャンパスに到着しました。早稲田大学スポーツ科学研究科教授、平田竹男先生の研究室にお邪魔させていただきました。

 大学卒業後、通商産業省に入省。1987年、ハーバード大学J.F.ケネディスクールで行政学修士を取得。1988年在ブラジル一等書記官、その後1993年のJリーグ発足にも関わり現在に至っています。詳しくはウィキペディアをご覧ください。

 当日は早稲田の寿司屋で楽しいひと時を過ごさせていただきました。先生は最近健康に御興味があり、以前いくつか御本を紹介させていただきました。またいくつか御本を紹介していただきました。さすがに本の選択はピカ一です。

 平田先生は知識の宝庫です。年は私と同じですが同じ人間とは思えません。国際派、スポーツマンでサッカーをこよなく愛する大食漢。何でもできるスーパーマンです。ここまで差がつくとさすがに腹も立ちません。

 先生から紹介された御本を一部御紹介いたします。『雑食動物のジレンマ』この本食を考える上でとてもいい本です。ぜひお読みください。また先生のお書きになった『野球を学問する』もお勧めです。

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  1. 2010/06/25(金) 18:17:20|
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元放射線医学総合研究所主任崎山比早子先生の講演を聞いてきました。

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 6月20日、青山にある東京ウィメンズプラザにて、草の根歯科研究会患者塾で「医療被曝について考えよう」という講演を聞いてきました。講師は元放射線医学総合研究所主任崎山比早子先生です。先生とは昨年お会いし、先生のお書きになった『受ける受けない?エックス線CT検査』を読ませていただきました。
 
 私は歯科の開業医を23年間やっていますが、放射線がこんなに危険なものだと言う事は昨年まで知りませんでした。私が大学で教育を受けたころは、口内法の歯科のレントゲン数万枚と1年間の放射線自然被曝の量が同じだと教えられ、安全に使えるものとばかり思っていました。昨年崎山先生にお話を伺い、放射線の危険性は蓄積することには驚かされました。医療者は、まず事実を知らなければなりません。

 私の知り合いに放射線科医がいるので、CTの放射線の癌になるリスクについて尋ねたところ、「全く問題ありません。」と自信を持った回答が返ってきました。専門家の医師でさえ安全だ、という教育がなされ、その危険性には関心を持ちません。

 世界のCTの4分の1は日本にあるといわれ、近年急カーブでその台数を増やしています。そして今では入院施設のない小さな診療所〔歯科を含む〕でさえCTが設置されています。CTスキャンは優れた診断方法ですが、被ばく量が多く、将来癌になる確率が高くなる可能性が示唆されています。後世になってその害が明らかになり、後手を踏む事例は後を絶たちません。医療者は常に診断の利益とリスクを患者に正しく伝える義務があると私は思っています。今後も正しい知識を伝えていくことの必要性を感じた1日でした。

 写真は東京ウィメンズプラザの入口にある、青山国連大学前でマーケットをやっていたので写真に撮ってきました。有機野菜や果物がたくさん並んでいました。はちみつや手作りの工芸品もあり楽しめます。
  1. 2010/06/22(火) 10:40:25|
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6月17日ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗さんの講演を聞いてきました。

 6月17日、「未来を開く日本委員会セミナー」ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗さんの講演を聞いてきました。土屋さんは、犬養美智子さんの「人間の大地」を読み感銘を受け人権活動を行うようになりました。

 大学時代に両親の不仲が原因で、妹と家出をし、2人で暮らし、東京大学在学中アルバイトをしながら、当時最年少で司法試験に合格します。その後ピースボートに乗り、エチオピアから独立したユリトリアで刑法、民法の作成にあたります。

 その後国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチNY本部フェローとなり、2008年ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表になり日本で事務所を立ち上げます。34歳「未来を開く日本委員会セミナー」最年少の講師です。http://hrw.asablo.jp/blog/

 土井さんは人権では日本が誇れるものの一つだと言います。10年後、20年後はどんなふうになっているでしょうか?今でも十分ご活躍ですが多分、日本を代表するような世界の顔になっているような気がします。
  1. 2010/06/18(金) 10:19:20|
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6月10日元ニッポン放送代表取締役社長亀渕 昭信様とお話しさせていただきました。

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 亀淵さんはいつも明るく、周りにいる人を楽しくさせてくれます。私の世代ではオールナイトニッポンを知らない人はいないでしょう。この日は今田美奈子先生のプロトコール・マナーでご一緒させていただきました。

 今は亀渕昭信のいくつになってもロケンロール!(DJ)やラジオアーカイブ 発掘!ラジオ天国を担当し、お仕事を楽しんでいらっしゃいます。とにかく若い・・・

 この日は中国について2人でおしゃべりしていましたが、最後は何が幸せか?という話題になっていました。「日本も昔は近代的な団地に住むのが夢だったけど・・・」とおっしゃっていました。

 これは亀淵さんをよく知る人から聞いた話ですが、社長になってからも決して派手なことはせず、結婚当初の団地に住み続け、地域の人たちと交流しているそうです。

  <『オールナイトニッポン』ではディレクターやパーソナリティを担当。同番組の「ビバカメショー」で人気DJとして一時代を築いた。番組中のトークで「そんでもって——」が口ぐせだった。ピンク・フロイドのアルバムをノンストップでフルオンエアしたり、大量に送られてきた応募はがきをスタジオの床にばら撒き、一番遠くまで飛んだはがきの主をプレゼント当選者に認定する「ハガキぶん投げ大作戦」など、それまでの局アナウンサーの放送とは一線を画す破天荒かつ新鮮な企画を実践する等注目を集め…>以上ウィキペディアより引用 


  1. 2010/06/11(金) 15:46:16|
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世界的な舞踏家、大野一雄さんが亡くなりました。御冥福をお祈りいたします。

 6月1日世界的な舞踏家、大野一雄(おおの・かずお)さんが、亡くなりました。 大野さんは白塗りの化粧と緩やかな動きで知られていますが、90歳を過ぎても車いすで踊っていたのが印象的でした。

 私が最初に大野さんの『舞踏』を観たのは子供が通っていた小学校のクリスマス礼拝でした。そのころから足腰は不自由でしたがはって舞台に上がり、聖母マリアを舞っていました。

 この時の舞いが衝撃的で、それから私は毎年、クリスマス礼拝の大野先生の舞いを楽しみに待つようになりました。晩年は車いすに乗って、腕だけで舞っていましたが、大地に根差した生命力はゆるぎないものでした。

 <49年に初単独公演。舞踏の創始者土方巽と54年ごろ知り合い舞踏に傾倒し、三島由紀夫や渋沢龍彦ら文学者をも強く刺激する存在になる。77年に発表した代表作「ラ・アルヘンチーナ頌」は、白塗りの女装姿につばの広い帽子をかぶって踊る独特の姿が欧米の舞踊シーンに大きな衝撃を与えた。

 その後「死海」「睡蓮(すいれん)」「花鳥風月」などを次々発表。肉体を強引に変形させ、地と一体化し、空気をも動かすような表現を追究した。その魂は、勅使川原三郎や山海塾など「BUTOH」で世界を席巻する後進の礎になった。>朝日新聞より引用。

 
  1. 2010/06/11(金) 05:36:15|
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川崎市の武蔵新城で歯科医院をやっています。皆様のお役に立たない情報を書いていきます。

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